FS Column
News
navigate_next【Venture Debt Library#3】調達準備編:最適資本経営とは。スタートアップは、なぜデットを活用するのか?(前編)
2026/01/29
Venture Debt Library

こんにちは、Funds Startupsです。
Funds Startupsは、「社会的インパクトを創出するスタートアップが、最も理想的な成長を遂げられる仕組みを開発する」をミッションに据え、現在Funds Venture Debt FundのGPとして、ファンド運営ならびに金融機関へのベンチャーデットに関する支援を中心に行っています。
また、デット市場のさらなる普及と透明性の向上に向けて、note を通じて Venture Debt に関するさまざまな情報を継続的に発信していく予定です。
今回はエクイティとデットを戦略的に組み合わせる「最適資本経営」についてお届けしたいと思います。
2026年以降、スタートアップの成長において「エクイティとデットを組み合わせた最適資本経営」は、これまで以上に重要になります。
2025年はIPO環境の変化により上場件数が減少し、直近5年で最少となりました。一方で、IPOに限らないM&A Exitやセカンダリー取引など、出口の選択肢は広がりつつあります。
このような環境下では、特定のExitを前提としたエクイティ偏重の資本政策は、かえって成長の自由度を損なうことがあります。すべての企業が同じスピード、同じ形で成長する必然性は薄れ、事業特性や成長フェーズに応じた「多様な成長曲線」を描くことが重要になります。
複数の出口に耐えうる柔軟な資本構成を設計できるかが、経営の自由度を左右する要素となり、資本戦略そのものが経営の柔軟性を規定する時代に入っているといえます。
目次
1. エクイティ偏重によるリスク
2. 最適資本構成とWACC
3. デット活用がもたらすメリット
① 経済的コストの削減
② 創業者持ち分(Equity Value)の最大化
③ ダウンラウンド・リスクへの耐性
④ M&A Exitを見据えた資本政策の柔軟性
4. デットとエクイティ双方の活用(※一例)
まとめ:最適資本経営の実現に向けて
1. エクイティ偏重によるリスク
日本のスタートアップシーンではエクイティファイナンスが主要な成長資金となってきました。エクイティは引き続き企業の長期的な成長を支援する極めて重要な役割を果たすと考えられますが、一方、エクイティのみに依存した資金調達には、主に3つの留意すべき点が存在します。
① 資本コスト(期待リターン)の高さ
返済不要のエクイティは、一見コストがないように見えます。しかし、投資家が期待するリターン(IRR)は年率20〜30%以上と極めて高く、エクイティの比率が高くなりすぎると、企業全体の資本コストを押し上げる要因となります。
② 創業者の持株比率の過度な希薄化
ラウンドを重ねるごとに創業者の比率が低下し、IPO時に10%台、あるいは一桁台まで希薄化するケースも珍しくありません。これは経営の自由度や意思決定、さらには将来のExit戦略に影響を与える課題となります。
③ ガバナンスの複雑化と柔軟性の欠如
資金調達のたびに株主構成が変化し、意思決定のスピードが鈍化したり、市況悪化時にバリュエーションを下げて調達せざるを得ないダウンラウンドのリスクにさらされることもあります。結果として、市況や資本市場環境に対する耐性が低下し、調達やExitのタイミングに制約が生じることもあります。
2. 最適資本構成とWACC
1章で整理したように、エクイティ比率が高くなりすぎると、企業全体の資本コストが上昇し、成長やExitの柔軟性に影響を及ぼします。こうした影響を整理するための判断軸となるのが、WACC(=企業の資本コスト)です。
企業価値(EV)とは一般的に(DCF法において)、将来にわたって生み出されるキャッシュフローを、資本コスト(WACC)で現在価値に割り引いた合計の値となります。
ここで分子となる将来キャッシュフローは「事業がどれだけ稼げるか」を表し、分母となるWACCは「そのキャッシュフローを得るために投資家が要求するリターン」、すなわち事業リスクを反映しています。同じキャッシュフローであっても、WACCが低いほど企業価値は高く評価されるため、資本構成の設計が企業価値に与える影響は大きいといえます。
なお、WACCの具体的な計算式は以下であり、自己資本コスト(エクイティ)と負債コスト(デット)を加重平均した値で表されます。
WACC = (E/V)×Re + (D/V)×Rd×(1-Tax)
E: エクイティの時価総額
D: デットの総額
V: E + D(企業価値)
Re: エクイティコスト(株主期待リターン)
Rd: デットコスト(借入金利)
Tax: 実効税率
一般的にデットはエクイティに比べ資本コストが低いため、適切に組み合わせることでWACCを引き下げ、結果として企業価値の最大化につながります。
WACCが低下すると、同じ成長をより少ない希薄化で実現でき、資本政策の自由度が高まります。その結果、資本コストを抑えつつ、多様な成長の選択肢やExitの柔軟性を高めることができます。こうした観点から、デットは最適資本経営を実装するうえで重要な役割を果たします。
3. デット活用がもたらすメリット
具体的には、デットを資本構成に組み込むことで、資本コストや希薄化、調達タイミングといった制約を緩和し、結果として以下のような効果が得られます。
① 経済的コストの削減
10億円を調達する場合、すべてエクイティ(期待リターン25%)なら年間コストは2.5億円相当ですが、半分をデット(金利10%)に置き換えるだけで年間コストは約1.75億円に抑えられ、約30%のコスト削減が可能です。
② 創業者持ち分(Equity Value)の最大化
同じ調達額でも、デットを活用して発行株式数を抑えることで、IPO時の創業者の取り分を大きく残せます。
例えば、10億円の調達時、デット5億円を併用することで、エクイティのみの場合に比べ、IPO時の創業者資産価値が数億円〜十数億円単位で変わる可能性があります(詳細は後述のモデルケース参照)。
③ ダウンラウンド・リスクへの耐性
市況悪化時に無理にエクイティ調達をせず、デットでランウェイを確保することで、トラクションを伸ばしきった有利なタイミングで次のラウンドに臨むことができます。
一方、デットは万能な資金調達手段ではありません。資本コストや希薄化を抑えられる一方、事業が想定通りに進まず返済が困難となった場合には資金繰りや経営判断の自由度を大きく制約する可能性があるため、事業特性や成長フェーズに応じて慎重に位置づけることが重要です。
④ M&A Exitを見据えた資本政策の柔軟性
IPO環境の変化に伴い、M&AによるExitも重要な選択肢となりつつありますが、その方針を柔軟に検討する上でもデットによる調達は有用です。
例えば、デットの活用によって外部株主数を必要最小限に抑えることは、株主間のコンセンサス形成においても有利に働きます。特にM&Aのような重大な意思決定において、利害関係の異なる株主が多すぎると調整が難航するリスクがありますが、デットを活用することでシンプルかつ機動的な資本構成を維持しやすくなります。
また、エクイティ一辺倒で高いバリュエーション(時価総額)をつけすぎると、IPO時には正当化できても、M&Aの買い手候補にとっては「高すぎて買収できない」というバリュエーション・ギャップが生じることがありますが、過度な希薄化やバリュエーションの高騰を抑えることで、買い手が検討可能な価格帯を維持し、Exitの成立確率を高める効果が期待できます。
4. デットとエクイティ双方の活用(※一例)
フェーズに合わせたデットとエクイティの両方を活用するシーンについて、例えば下記のように成長段階に応じた資金調達を進める事例が想定されます。
創業期:自己資本、創業補助金、創業融資等を活用して初期検証
Seed:シードVCや、エンジェル投資家等から外部資本を調達し、本格的に開発資金を調達
pre-A: 既存株主による追加出資、保証協会付融資等を活用してランウェイ延長
Series A:エクイティで成長資金調達しつつベンチャーデットの活用を一部開始
Series B: VCやCVC、事業会社等からエクイティ調達を行いつつ、ベンチャーデットの活用を本格化
SeriesC: 事業特性にあった投資家からエクイティ調達を行いつつ、一部プロパー融資も含めデットフォーメーションを拡充
SeriesD以降: 事業特性にあった投資家からエクイティ調達を行いつつ、負債調達のうちプロパー融資の割合を高める
まとめ:最適資本経営の実現に向けて
スタートアップの成長において重要なのは、「いくら資金を調達するか」ではなく、「どのような資本構成で成長を実現するか」を主体的に設計することです。エクイティは引き続き長期成長を支える中核的な資本である一方、その比率が高くなりすぎることで、資本コストの上昇や希薄化、調達・Exitの柔軟性低下といった課題が顕在化します。
WACCという判断軸を用いて資本構成を捉え直すことで、デットを含めた選択肢を戦略的に組み合わせ、資本コストを抑えながら多様な成長曲線やExitに対応することが可能になります。
エクイティかデットかという二項対立ではなく、事業特性や成長フェーズに応じて最適なバランスを設計する「最適資本経営」こそが、2026年以降のスタートアップ経営における重要なテーマとなっていくと考えています。
次回は、こうした考え方をより具体的にイメージいただけるよう、モデルケースとなる資本政策の設計例や、実際にエクイティとデットをうまく組み合わせて成長を実現している企業の事例をご紹介する予定です。理論にとどまらず、実務として「どのように組み立て、どう判断するのか」に踏み込みながら、最適資本経営を実装するためのヒントをお届けします。
Back
navigate_next


