Acompanyに対してVCでリード投資を担当し、社外取締役を務めた後に自費での株式取得を行い参画した、同社取締役CFOを務める植木修造氏。彼が直面したのは、生成AIの爆発的な普及と安全保障ニーズの高まりという外部環境の激変だった。どうすれば、希薄化を抑えつつ、外部環境の変化に対応して事業構造を転換し、さらに成長を実現するために必要なランウェイを確保することができるか。そこで、植木氏がFunds Startupsと考えたのが、新たなスキーム「ファントムストック」だった。その裏側について、植木氏とFunds Startupsの投資担当者である佐々木 雅人の二人に話を訊いた。VCからCFOへ。「生株購入」の覚悟── 植木さんはもともとVCのキャピタリストとして Acompany のリード投資を担当され、社外取締役も務められていました。そこからCFOとして「中」に入る決断、しかも個人で生株を購入されたというのは極めて異例です。植木 修造(以下、植木) 正直に申し上げると、何か「高尚な覚悟」をアピールしようとしたわけではありません(笑)。ただ、VCとして5年半、一つのファンドの投資期間を全て経験したうえで自分を振り返った時、ふと「また同じ5年間のサイクルを繰り返すのか」という感覚が芽生えてしまったんです。もっと事業の深部で、自分自身の意思決定がダイレクトに会社の運命を左右するような、ヒリヒリする現場に身を置きたい。そう思ったのが原点です。個人で生株購入を引き受けたことについても、自分の中ではごく自然な判断でした。もともとあまりお金を使うタイプではないですし、銀行にただ眠らせておくよりは、自分が事業の解像度を高く持っており、成長を確信している場所に投じるのが一番合理的と考えました。ただ、いざCFOとしてレンダー(貸し手)や投資家と対峙するようになると、「生株を持っている」という事実が、どんな言葉よりも強い説得力を持つようになりました。「自分も腹を括っている」という証明は、ファイナンスの現場では最強の武器になり得たんですよね。佐々木 雅人(以下、佐々木) 資本政策表を拝見した時から、「この人のコミットメントは本物だ」と感じていました。日本のスタートアップにおいて、創業メンバーではないCFOが入社時に自らの資産の相応の割合を自社株に投じるケースは、それほど多くないと思います。──佐々木さんは、植木さんがジョインする前後のAcompanyをどう見ていましたか?佐々木 Acompanyはもともと「秘密計算」という素晴らしい技術を持っていましたが、足元の状況を可視化し、ポテンシャルを金融の言語に翻訳して投資家に訴求する「通訳」の役割を担うメンバーが不足していました。それが、植木さんが参画されたことで、営業状況の定量化や事業計画が精緻化されました。同社の持つテクノロジーが、将来的にどの様なステップと時間軸でキャッシュフローに転嫁されるかについて検討できるようになり、私たち投資家にとっても「取るべきリスク」が明確になったんです。実際に、主要投資家に対するヒアリングを実施した際にも、「植木さんの参画前後で受領する資料の質が大きく変化した」と絶賛の声が挙がっていました(笑)。シリーズB「11億円」調達後に、なぜデットを選択したのか── 秘密計算というテクノロジーを扱っているAcompanyですが、シリーズBで11億円という大規模な調達を完了した直後のタイミングで、なぜデット(融資)に動いたのでしょうか。植木 11億円という数字は、一見大きく見えますが、僕からすれば「まだ足りない」という感覚でした。特にシリーズBをクローズする前後で、僕らを取り巻く外部環境が激変したことが一因です。一つは生成AIの爆発的な普及。もう一つは、安全保障(防衛)領域でのデータやAIモデル保護の重要性の高まりです。外部環境が変わる中で、今のリソースのまま次のシリーズCに向かうのは、戦略的にリスクが高いと判断しました。──「リスクが高い」とは、具体的にどのような意味でしょうか?植木 スタートアップには、どうしても「しゃがむ時期」があります。研究開発や組織構築に投資し、実績として目に見える形になるまでのタイムラグです。この時期にエクイティで無理に調達しようとすれば、バリュエーション(企業価値)が伸び悩み、結果として既存株主や従業員の持分が大きく希薄化してしまいます。それを避けるためには、デットでランウェイ(資金維持期間)を確保し、トラクションを最大化させた状態でアップラウンドを実現する。つまり、デットは単にお金を借りる行為ではなく、将来の企業価値を最大化するための「時間を買う」戦略なんです。佐々木 植木さんの素晴らしい点は、シリーズB調達後に一息つくことなく、潤沢なキャッシュをレバレッジした負債性調達で資金バッファーを得るという、財務戦略の将来を見据えていたことです。加えて「このタイミングでベンチャーデットが必要になる」と考え、Acompanyに参画される前段階で逆算的に事業計画の準備を進めていた点も、予見性が高いなと感じています。ディープテックは研究開発費が嵩む一方で、将来的な収益を見通しにくい。だからこそ、エクイティ一辺倒ではなく、デットを組み合わせて資本効率を最適化する視点が不可欠です。既存銀行の条件を覆す「ファントムストック」とは── 今回、複数の選択肢がある中で、Funds Startups(以下、FS)を選んだ決定打は何だったのでしょうか。植木 理由は大きく3つあります。1つ目は、僕らの複雑なビジネスモデルへの理解度が圧倒的に高かったこと。2つ目は、金融機関との強力なネットワーク。そして3つ目が、今回最大のポイントとなった「ファントムストック(疑似株式)型オプション」の提案です。佐々木 ファントムストックは、一言で言えば「株式を発行せずに株式投資と同等の経済的リターンを享受する契約」です。通常、投資家が上場時等に「Exit時のリターン」を求める場合、新株予約権(SO)を発行します。しかし、これには登記の手間やコストがかかり、何より既存株主にとって潜在的な希薄化を伴うというデメリットがあります。さらに、SOプールに上限が設定されている場合、役職員に対する将来的な付与分とのトレードオフになってしまう可能性もあります。対してファントムストックは、将来、発行体が資金調達の実施やExitイベントを迎えた際の株価を基準として計算されたリターンを現金で受領するというものです。植木さんより、今回の負債性調達においてSO付与割合を一定内に収めたいとのご意向を伺い、投資金額を減らさずに、当社として目指すべきリターンを実現する手段として、本スキームを考案しました。このスキームは、私が過去に在籍していたPEファンドで報酬形態の一つとして、主に投資メンバー向けに活用されていたことが、着想のヒントになりました。ただ、ベンチャーデットで使われている事例は、少なくとも私は聞いたことがありません。植木 正直、驚きましたね。当時、他の銀行様からもタームシート(条件概要書)をもらっていましたが、提示されたSO付与比率が想定より高く、資金調達額とSO付与量のバランスに頭を抱えていました。そこに佐々木さんからファントムストックの提案があった。しかもこのスキームが最高の「交渉カード」になったんです。──「交渉カード」とは?植木 つまり、他の銀行に対して「FSさんは、ここまで僕らの希薄化を考慮したクリエイティブな条件を出してくれています。御社が条件に歩み寄れないのであれば、今回はお付き合いできません」と、お伝えする形です。他の銀行からは、SO付与比率の観点でやや厳しい条件を提示されていました。そこで私は、FSさんと共にファントムストックを用いたスキームを設計し、これを一つの交渉カードとして銀行側に提示しました。既存の枠組みに縛られないこの手法をぶつけることで銀行側も動いてくれ、結果として銀行から「条件を見直したい」との回答を引き出せたと思います。FSさんの存在があったからこそ、僕らは希薄化を最小限に抑えつつ、複数の銀行を巻き込んだ理想的な「バンクフォーメーション」を組むことができました。佐々木 私たちのビジネスは地続きであり長期的な視点が求められますので、ご支援先の企業価値最大化を一丁目一番地に据えることこそが、ひいてはファンド全体のリターンに繋がるものと考えています。従って、本件においても、FSとしての投資規模を最大化することよりも、Acompanyに対して最適な財務アクションを提供することを優先したいと考えていました。他社が条件を譲歩した場合、当社のシェアが減少する可能性がありましたが、植木さんから「交渉カードとして使わせてほしい」と相談を受けた時、「ぜひ徹底的に活用してください」と即答しました。僕らのアイディアが新たな前例を作り、スタートアップ側の交渉力を高められるなら、それこそがFSの存在意義ですから。「理解」だけじゃない。レンダーに求める真の価値とは── 植木さんは、今後のFSにどのような期待を寄せていますか?植木 もはや単なる「レンダー」とは思っていません。現在僕らはソフトウェアを中心に技術アセットを構築しておりますが、今後の事業展開次第では、AIデータセンターを垂直統合で持つような、さらに巨額のアセットが必要になるフェーズが来ます。その時、再び「ファントム」のような、既存の金融枠組みに囚われない、まだ誰も見たことがないファイナンス手法を一緒に発明してほしいと思います。佐々木 私たちFSには、投資銀行、VC、PEファンド、メガバンク等、多種多様なバックグラウンドを持つ「金融/スタートアップのオタク」が集まっています。ベンチャーデットを単なる負債ではなくメザニンとして捉えて、デット投資家とエクイティ投資家の思考をバランスよく組み合わせることによって、クリエイティブなソリューションを提供することを心掛けています。だからこそ、投資検討において何らかのハードルが存在する場合においても、伝統的な慣習や既存の手法に縛られず、「どうすればその壁を突破できるか」をスタートアップと同じ熱量で考え尽くす自信があります。植木 一般的な銀行だと、コベナンツ(財務制限条項)にヒットしたら即返済、という「守り」の姿勢になりがちですが、FSさんは事業成長のためのブレーキをかけない。むしろ、次のファイナンスに向けた「加速装置」として機能しています。── 最後に、資金調達に悩むスタートアップの経営者やCFOへメッセージをお願いします。植木 多くの経営者は「デットは返済義務があるから怖い、リスクだ」と考えがちですが、僕は正反対だと思っています。デットを引けるということは、自分たちの事業に「返済に必要な営業キャッシュフローを将来生み出す力がある」「急速な成長によって大型資金調達を実現し、財務キャッシュフローから返済できる」という自信を持てることと、その合理性が金融機関に認められたことのバロメーターです。特にディープテックのように、一つの技術的マイルストーンを突破した瞬間に企業価値が10倍、20倍と非連続に上がるモデルであれば、目先のキャッシュのために安易にエクイティ調達で株式を薄める方がコストが高いと思います。返済の崖をしっかりシミュレーションし、次の大きなラウンドへの「確かな橋渡し」としてデットを使い倒す。そのためには、事業を深く理解し、時には自分たち以上に「攻め」の姿勢を持ってくれるFSのようなパートナーを見つけることが、成功への最短ルートになると確信しています。佐々木 植木さんのような、企業価値最大化のためのコーポレートアクションとして機動的にファイナンスを活用し、前例のないアイディアをも面白がれる柔軟性とリテラシーを持つCFOの存在があってはじめて、私たちの創造性も最大限に発揮されます。これからも、スタートアップの情熱とポテンシャルに寄り添い続けたいと思います。<STAFF>インタビュアー:鈴木紳平(Funds Startups プリンシパル)デザイン:國井優史執筆:海達亮弥(Funds)