日本政府は「スタートアップ育成5か年計画」の一環として、2027年度までに年間スタートアップ投資額を10兆円に引き上げ、将来的には評価額10億ドル以上のユニコーンを100社創出する目標を掲げている。しかしながら、政府が掲げる目標の裏で、多くのスタートアップが“死の谷”で喘いでいる。特に、研究開発に時間を要するディープテック企業にとって、既存の金融システムはあまりに冷淡だ。銀行は豊富な資金量を持つが、預金者保護などのためにスタートアップ投資へのリスクを取れない。一方でVCはリスクをとれるものの、大きな産業を創出するための資金量が圧倒的に不足しているのが現状だ。「この構造的欠陥こそが、日本の停滞の元凶なんです」そう語るのは、金融出身者ではない、異色の経歴を持つFunds Startups代表の前川寛洋だ。かつてHR領域で「就活ルール」や「終身雇用」といった「労働の不条理」に挑んだ前川が、今度は「金融の不条理」に挑む。彼が見据える、日本独自の金融アップデートの全貌に迫る。目次産業の新陳代謝を促すために「銀行が貸せない」のは構造の問題。その“間”を埋めるディープテックとベンチャーデットの蜜月「翻訳機」としてのFunds Startups日本流エコシステムで「バンカー2.0」を生み出す産業の新陳代謝を促すために──前川さんはファーストキャリアでHR系のスタートアップに入社され、その後、ファンズに入社。CFOを務めながらも、Funds Startupsを立ち上げられました。「人」の領域から「金」の領域へ、一見すると畑違いの転身に見えますが、そこにはどのような意図があったのでしょうか?誤解を恐れずに言えば、私は「金融」そのものがやりたかったわけではないんです。私が本当に解決したかったのは、日本の産業構造における「新陳代謝」の不全です。新卒で入った会社は、当時タブーとされていた「就活解禁時期」のルールに風穴を開けるような、HR領域のスタートアップでした。「大学3年生の解禁日までは動いてはいけない」という謎の不文律があるせいで、学生も企業も本質的なマッチングができない。そんな不合理な慣習を変えようと奔走していました。そこで痛感したのは、日本の労働市場がいかに硬直的かということ。終身雇用や新卒一括採用といった“過去のOS”が、現代においても、個人の可能性や企業の生産性も縛り付けている。マクロな視点で言えば、1人あたりGDPの成長率と「創造的破壊指標(企業の参入率と退出率の平均)」には強い相関があります。アメリカなどの成長国は、多産多死。どんどん新しい企業が生まれ、古い企業が退場していく。この代謝こそが経済成長のエンジンです。一方、日本はどうか。開業率も低ければ、廃業率も低い。つまり、「古い細胞が居座り続け、新しい細胞が生まれない」状態です。人口減少が進む日本で、労働生産性を上げ、経済を成長させるためには、スタートアップという「新しい細胞」を爆発的に増やし、産業構造そのものをアップデートするしかない。そう考えたとき、ボトルネックは「人」だけではないことに気づきました。「金」の流れもまた、過去のOSのまま止まっていた。人が流動化しても、挑戦するための資金が適切な場所に流れなければ、イノベーションは起きない。だからこそ、私は金融というインフラ領域から、この国のOSを書き換えようと決めたんです。「銀行が貸せない」のは構造の問題。その“間”を埋める──日本のスタートアップファイナンスにおいて、具体的にどのような課題があるとお考えですか?リスクマネーの供給源が極端に偏っているという点です。これは日本の金融構造における欠陥と言っても過言ではありません。これまで、スタートアップの資金調達手段は、大きく分けて二つしかありませんでした。一つはベンチャーキャピタル(VC)からの「エクイティ(株式)」。もう一つは銀行からの「デット(融資)」です。VCは「ハイリスク・ハイリターン」を許容しますが、株式を渡すため経営権の希薄化(ダイリューション)を招きます。一方、銀行融資は「ローリスク・ローリターン」。預金者保護の観点から、赤字企業や担保のない企業への融資は構造的に難しい。ここで重要なのは、銀行員の方々が悪いわけではないということです。寧ろ、これまで数多くの熱い志を持つ人たちに出会ってきました。しかし、その熱量をもって貸したいと思っても、構造的な理由で貸せないのです。銀行業務の根幹は「預金者保護」にあります。つまり、預かったお金を確実に返す必要があるため、融資審査ではどうしても返済の確実性が最優先されます。その確実性を測るモノサシとして、長らく銀行法や金融検査マニュアルに基づく「過去の財務実績(黒字かどうか)」や「有形担保(不動産など)」が重視されてきました。しかし、スタートアップの戦い方は真逆です。先行投資で意図的に赤字を出し、資産はソフトウェアや知財などの「無形資産」が中心。つまり、既存の金融システムのモノサシで測ると、彼らは信用力ゼロと判定されてしまう。この構造的なミスマッチこそが、未来の可能性しか持っていないスタートアップへの融資を拒んでしまう正体なのです。結果として、日本のスタートアップは、本来なら借入で賄えるような運転資金まで、貴重な株式を切り売りして調達せざるを得ない。「エクイティ至上主義」とも言える歪な構造が、起業家の持分を減らし、中長期的な大胆な挑戦を阻害しています。ここに、巨大な「空白地帯」があるんです。銀行が取れないリスクを取り、VCほどのリターンは求めない。「ミドルリスク・ミドルリターン」の資金、すなわち「ベンチャーデット」の供給プレイヤーが、日本には圧倒的に不足しています。また、見方を変えれば、日本は米国と比較して創業率は低いものの倒産率も低い。つまり、天井の高さは限定的だが、平均回帰になりやすいわけです。スタートアップ市場として見ると、日本は米国と比較して、ローリスクでボラティリティが抑えられた市場とも言えます。そう考えた場合、日本においては、ハイリスク・ハイリターンなエクイティよりも、ミドルリスク・ミドルリターンな「ベンチャーデット」が寧ろ最もフィットした商品性とも言えるかもしれません。そのような前提をも見直す姿勢で、日本のスタートアップに最も適した資金供給手法とは何か、という問いを日々模索しています。ディープテックとベンチャーデットの蜜月──特に、ベンチャーデットはどのような領域で必要とされているのでしょうか?私が最も注目し、必要性を感じているのが「ディープテック」領域です。SaaSのようなITサービスであれば、開発のための初期投資は比較的少なく、KPIの積み上げで将来のキャッシュフローが予測しやすい。ある程度のリスク判定も可能で、既存の金融機関とも会話が成立しやすい側面があり、最も活発にベンチャーデットが活用されています。しかし、ディープテックは全く異なります。研究開発(R&D)に膨大な時間と資金がかかる上、売上が立つまでの期間(Jカーブ)が極めて深く、資金調達課題は根深いものの、資金供給できるデットプレイヤーは極めて限定的です。例えば、創薬ベンチャーを想像してください。「がんに100%効く薬」を開発していて、もしこの薬が完成すれば、間違いなく売れますよね? つまり、「マーケットリスク(売れるかどうかのリスク)」は極めて低いんです。一方で、「その薬が本当に完成するのか?」という「技術開発リスク」は極めて高い。その場合、既存の金融機関のモノサシでは、「今は売上がゼロだから貸せない」「担保がないから貸せない」となってしまい、「評価不能」の判子を押すしかありません。しかし、技術的なマイルストーンさえクリアできれば、近い将来に爆発的な収益を生む可能性は高い。ここにこそ、我々が取り組むベンチャーデットの勝機と意義があります。技術的な進捗(マイルストーン)を評価軸に組み込み、Jカーブの底を支える資金を提供する。第5次産業革命とも言える今の時代、日本の勝ち筋は間違いなく、これまで蓄積してきた技術力や技術資産を活かし、日本が世界各国から高い評価と信用を築き上げてきたディープテック分野にあると確信しています。これは、単なるデジタル化(DX)の延長ではありません。AI、バイオ、宇宙、エネルギーといった技術の力で、人口減少や気候変動といった「国家レベルの危機」を解決し、産業構造そのものを塗り替える変革です。ここにお金を流さなければ、日本に未来はない。そう確信しています。「翻訳機」としてのFunds Startups──そこでFunds Startupsが、ベンチャーデットファンドとして機能するわけですね。しかし、銀行ですら評価が難しいディープテック企業を評価し、資金を提供できるのでしょうか?私たち自身の機能は、金融機関とスタートアップの間の「通訳」であり、「触媒」だと捉えています。我々のファンドには、多くの金融機関がLP(出資者)として参加してくださっています。特に地域金融機関は、預金という豊富なキャッシュを持っていますが、地域経済の縮小に伴い貸出先が減少し、運用難に苦しんでいる。「本当は地元のスタートアップを応援したいが、スタートアップの技術・成長性に対する評価軸が持ちづらく、自前で行うのが難しい」というジレンマを抱えています。一方で、スタートアップは資金を求めている。両者を直接繋げようとしても、言語が違いすぎてなかなか話が噛み合いません。銀行員は「決算書」を見てリスクを感じますが、起業家は「事業の革新性」を語りたいわけですから。この断絶を埋めるために、我々は独自の「ベンチャーデット版の格付けモデル」を開発しています。これは、財務諸表には表れない定性的な情報を定量化する仕組みです。例えば、経営チームの質、技術の優位性、知財戦略、マーケットの成長性、ガバナンス体制など。これらを徹底的に分析し、言語化することで、「従来の手法では評価が難しいリスク」を「管理可能なリスク」へと翻訳します。また、自分たちだけでは検証し得ない、より高度な技術的評価については、各分野の博士や技術評価の専門家から構成されたアドバイザリーボードと連携し、さらに踏み込んだ検証を行い、我々だからこその解を創出します。我々は、今後この仕組みの一定範囲を、LPの金融機関と共有していきたいと考えています。我々のファンドを通じて、間接的にスタートアップへの資金供給を研究でき、さらにそこで得た知見や接点を、将来的な本体融資(プロパー融資)に繋げられるかもしれない。いわば、金融機関向けの「R&D(研究開発)機能」を担っているとも言えます。ある金融機関の役員から「Fundsと一緒になって、行員の目利き力を育てたいんだ。いつか自分たちで直接、地元のベンチャーを支援できるように」と、仰っていただいたことがあります。単にお金を右から左へ流すだけでなく、知恵の還流と行動変容こそが、我々が提供する本質的な価値なのかもしれません。日本流エコシステムで「バンカー2.0」を生み出す──アメリカのスタートアップ・エコシステムをそのまま日本に持ち込むのではなく、日本独自のモデルを模索されているように感じます。おっしゃる通りです。アメリカと日本とでは、金融資産の構造も、銀行の役割も全く異なります。アメリカは直接金融が強いですが、日本は圧倒的に間接金融、つまり銀行が強い国です。だからこそ、既存の銀行を否定したり、彼らと競合するのではなく、銀行が持つ巨大なアセット(資金・顧客基盤・地域への影響力)を、スタートアップのエコシステムに滑らかに接続させる「日本流」の仕組みが必要です。私たちが目指しているのは、単なる「貸金業」ではありません。「意志あるお金が、意志ある挑戦に巡るインフラ」を作ることです。かつて、銀行員(バンカー)は、企業の将来を見据え、共に汗をかくパートナーでした。しかし、失われた30年の中で、いつしか「雨の日に傘を取り上げる」ような存在だと思われてしまった。我々がやろうとしているのは、「バンカー2.0」へのアップデートです。過去の数字だけでなく、未来の事業価値を評価し、リスクを共に取る。そんな新しい金融の形を、金融機関の皆さんと共に作り上げていきたい。Funds Startupsは「既存金融環境だけでは行き届かない領域にも、真っ向から挑戦する」をコンセプトに活動しています。スタートアップという生態系とベンチャーデットの金融専門性を最大限に活かし、ディープテックをはじめ(※ディープテック限定という訳ではありません)、日本の未来を創出する産業開発に挑戦していきます。そして、スタートアップCFOの皆さんにお伝えしたいのは、「資金調達の選択肢は、もっと自由でいい」ということです。エクイティ一辺倒にならず、デットを戦略的に組み合わせれば、事業のオーナーシップを保ちながら、より大きなリスクに挑戦できる。また、デットを有効に使いこなせば、ディープテックのように大資本が必要なビジネスにも果敢に挑戦できる。我々は、そのための「武器」を配り続けます。