スタートアップ企業の成長には、時に巨額の資金が必要不可欠だ。特に、実用化までに長い研究開発期間を要するディープテック領域においては、単なるエクイティ(株式)による資金調達だけではカバーしきれないケースも少なくない。そこで注目されているのが、ベンチャーデットだ。しかし、ベンチャーデットはエクイティに比べてまだ歴史が浅く、その活用方法や貸し手である金融機関との最適な関係性については、模索が続いているのが現状。そこで、ディープテック・スタートアップであるアイリス株式会社 代表取締役の沖山翔氏と、エイターリンク株式会社 Chief Accounting Officer (CAO) の江刺一浩氏の二人が登壇した、Funds Startupsの金融機関共同研究型ベンチャーデットファンド第1回 年次組合員集会のトークセッションにて、スタートアップの「デット活用のノウハウ」や、レンダーに「何を求めているのか」を、Funds Startups株式会社 プリンシパルの小原満美がファシリテートする形で語ってもらった。目次ベンチャーデットとディープテックは相性がいい投資家目線を持ったレンダーの必要性投融資だけでなく、事業成長のサポートもベンチャーデットとディープテックは相性がいい──はじめに、自己紹介をお願いします。沖山翔(以下、沖山) 私はもともと医師で、日本赤十字社医療センターで救命救急を担当していました。その後、石垣島や波照間島の医療機関で勤務していた時に、医療格差をなんとかしたいという思いから、前職のメドレーで執行役員を務めたのちに、7年前に当社を創業しました。アイリスは医療AIの会社です。特に、医師が喉や目を見て病気を診断する診察に着目し、その知見をビッグデータで定型化・標準化してAIでサービス提供する技術を開発しました。ファーストプロダクトは「nodoca®」というインフルエンザの検査機器です。AIを搭載した「新医療機器※」で、口にくわえていただくだけで数秒で写真撮影し、診療情報と合わせて解析を行うことで十数秒で判定結果が返ってきます。※医療機器の承認区分のひとつ(平成26年11月20日 薬食発1120第5号が定める定義)2022年12月にプロダクトをリリースし、今では全国約2,000カ所の医療機関に導入され、10数万人もの患者さんがAIによる検査を受けています。また、喉を見て判定できる病気は数百種あるとされており、今後は口の中のがんの早期発見や、認知症・脳梗塞のリスク予測など、さらに幅広い領域への応用を目指しています。ファイナンス面では、これまで累計で約120億円の資金調達をさせていただいて、そのうち約20数億円がベンチャーデットという形になっています。江刺一浩(以下、江刺) エイターリンクは「ワイヤレス給電で配線のないデジタル世界を実現する」をミッションに掲げる、スタンフォード大学発のディープテック・スタートアップです。当社の技術は、もともと医療分野から来ています。創業者の1人であるCTOの田邉勇二が、スタンフォード大学で10年間にわたり、迷走神経刺激や心臓のペースメーカー等に使うメディカルインプラントデバイスの研究開発を行っていました。彼は、従来の大きなペースメーカーの課題を解決するため、米粒大の超小型ペースメーカーを研究していましたが、これには外部からの給電が必要でした。そこで開発されたのが、当社の技術基盤である完全ワイヤレス給電「AirPlug™︎」です。これは、体外から体内深部20cmへワイヤレス給電で稼働させることができ、ペースメーカーの定期的なバッテリー交換手術を不要にする画期的な技術です。現在、この技術を応用して3つの事業領域に取り組んでいます。一つはメディカルですが、こちらは長期的な研究開発が必要。そのため、「AirPlug™︎」を活用しFA(ファクトリーオートメーション)とビルマネジメントの2つを事業化しています。ファイナンス面では、累計68億円を調達しており、エクイティで約40億円、ベンチャーデットで10億円、そしてアーリーステージから助成金を活用して事業成長につなげてきました。──2社とも、資金調達においてはエクイティに加えてベンチャーデットを活用していらっしゃいますよね。ベンチャーデットを使うようになった背景を教えてください。沖山 まず、当社はまだ売上が赤字の状態ですので、VCからの調達だけですと、数十億、100億円規模の資金を集めるのは、国内だけですとハードルが高いんです。一方、ディープテックは「マイルストーン」が比較的明確なので、ベンチャーデットとも相性がいいと思っています。例えば、論文・プロダクト・治験・承認・保険適用・リリース、といったように、ビジネスが成立するまでの、後どれくらいステップを踏めばいいかが予測しやすい。もちろん、現在の価値と未来に得られる価値をどう算定するかは、レンダーによって違いますが、そういった価値を折り込んでいただくことで、ベンチャーデットにおける投融資の実行がしやすいのではと推測しています。江刺 沖山さんがお話しされたように、研究開発、そしてPoC(Proof of Concept)のフェーズにおいて、ディープテックは多額の資金が必要になってきます。その点において、エクイティと助成金、そしてベンチャーデットをファイナンスに加えていくことで、研究開発とPoCを推進していけると考え、昨年から活用しています。ただ、ディープテックでは、SaaSのようにMRR(Monthly Recurring Revenue)の積み上げで成長を見せにくいのが難しいところです。そのため、技術的評価の蓋然性が高まってきて、助成金などで国にサポートされている状況を示すことで、ベンチャーデットの実行可否を判断いただいている形ですね。──先ほど、沖山さんがマイルストーンが明確な点において、ベンチャーデットの融資実行の可能性が高まるとお話しをされていましたが、具体的にはどういったタイミングから借りやすくなったのでしょうか?沖山 ファーストプロダクトができたタイミングです。その段階だと、明確に商用化のフェーズが見えてくるので、レンダーにとっても投融資の蓋然性を判断しやすくなる。 たとえば、ファーストプロダクトの開発が完了したので、現在は承認申請のフェーズで、次は商用化までの準備に入る。そうなると、その間の運転資金としてベンチャーデットを実行しましょう、となります。江刺 我々の場合は、エクイティと助成金によって一定の調達額が示せてから、ベンチャーデットの交渉において有利に働きました。 技術開発のフェーズやPoCのフェーズは多額の資金が必要ですが、それらをエクイティや助成金を活用して、技術的な蓋然性を示せるようになり、将来的な事業の立ち上げが見えたところから、ベンチャーデットが活用できています。投資家目線を持ったレンダーの必要性──メガバンクや地銀など、レンダーの方々とは様々なコミュニケーションをされてきたのだと推察します。その中で、苦労された点はありますか?江刺 ディープテックの場合、市場を新たに形成するために大手企業とパートナーシップを結ぶことが多くあります。もちろんパートナー企業と強固に連携して取り組みは進めますが、どうしてもパートナー企業の環境に依拠せざるを得ないケースもあります。そのひとつとして「情報統制の側面」があります。エンドユーザーへの提供価値自体は明白であるものの、情報統制が敷かれているため、市場の反応を間接的に入手せざるを得ないケースがあり、レンダーに対して、その点の理解を促すことが難しいこともありました。そのため、確実にコミットできている点、不確実性が低い点など、具体的に共有できない状況があるところが難しかったです。また、SaaSモデルのように「成長性が予見しづらい」のも難しい点です。そのため、レンダーからの質問量も前職と比較すると、1.5倍ぐらいあるイメージでした。ただ、しっかりと説明責任を果たせば、その先に広がる広大なマーケットは見えてくるので、そう感じていただけるようにコミュニケーションをしています。沖山 開発している技術や、その価値を正しく理解いただくことでしょうか。シンプルに聞こえるかもしれませんが、その回答に至ったエピソードがあるんです。あるレンダーさんから、「アイリスさん、すいません。開発の成功確度と技術に確証が持てませんでした」とお断りをされたんです。その時感じたのは、成功確度と技術への確証は私が一番詳しいということです。だから、レンダーの方がリスクだと感じた点を察知して答えたり、ビジネスが予定通り行かなかったプランBを提供する必要があったのでは、と。正しく理解し、ジャッジしてもらうのは難しくても、我々がその解像度を上げる努力はもっとしなければと、学びになりました。──そう言った苦労された点も踏まえた時に、どんなレンダーさんであれば融資をいただきたいと思われますか?江刺 我々は、融資に加えてワラント(新株予約権)をお渡ししています。そんな背景もあり、我々としては事業成長に一緒に取り組んでいただき、より投資家目線で関係性を作っていきたい。もちろん「いつ黒字化するか?」は非常に重要な指標なのですが、現在の事業や技術価値はもちろん、その先に待つ成長というところはリスクを取っていただき、伴走いただけると嬉しいです。沖山 少し視点は変わりますが、どんな銀行、レンダーに借りたいかというよりも、ベンチャーデットのシステム自体がよりアップデートするといいなと考えています。我々の経験からすると、金利やワラントよりも、速さやコミュニケーションコストを大事にしたいと思っており、そこがベンチャーデットのエコシステムとしての課題の一つかな、と。やはり、VCからのエクイティ・ファイナンスと、ベンチャーデットによるデット・ファイナンスの歴史には差があると思うんですね。 VCの場合、「リードインベスター」と「フォロワーインベスター」という概念があります。まず、リードは徹底的なデューデリジェンスを行い、そしてフォロワーはリードが出資する前提で、定型化されたデューデリジェンスを実施する。 そして、それ以上個別の質問は求めませんというものです。つまり、スタートアップ側としてはリードの方とメインでお話をすれば、フォロワーの方とはメインの方以上にコミュニケーションする必要がない。ただベンチャーデットの場合は、まだ途上の感覚があります。各レンダーで重視される点が違うなかで、それぞれ異なった説明でアプローチをしたり、あるいは同じ説明を繰り返したり……。そして、当然ながら融資実行が保証されるわけではないので、コミュニケーションコストが高いのに、実行されなかったりすると、がっかりしますよね。そのため、個別要因というよりは、システム全体で改善していくと、ベンチャーデットの裾野が広がるのではないでしょうか。あと、我々は「お断り」に慣れています(笑)。VCのエクイティ・ファイナンスだと10社のうち、1、2社成功すればいいという世界なので、お断りの連絡については、すぐ伝えていただけると、ありがたいですね。投融資だけでなく、事業成長のサポートも──では、最後に今日イベントにお越しいただいているレンダーに向けて、今後期待されることを教えてください。沖山 我々は医療のスタートアップですので、10万人以上の患者さんに使っていただいている点など、事業やプロダクトの価値を比較的伝えやすい企業だと思っています。 つまり、提供価値を定量化しやすい。そのため、まだ我々の会社やプロダクトを知らない人にも、そのメッセージ性を伝えやすいわけです。 今、全国の市区町村ごとに医師会がありますし、開業医の先生は地銀や信用金庫を主体に借り入れをされて、開業されます。そうした開業医に向けて私たちがいきなり営業に行くと断られてしまうのですが、間に地銀や信用金庫の方々に入ってもらうと、スムーズに行く可能性がある。 そのため、レンダーとスタートアップ以上に、ビジネスパートナーとして関係性を高められるといいですね。江刺 我々も、同じ期待値を持っています。我々の給電インフラを拡大していくにあたって、注力したいのがエンタープライズへの導入です。全国にあるエンタープライズのオフィス、商業施設などに導入するためには、それらの企業と深い結びつきのある金融機関が重要なプレイヤーになる。特に、各金融機関が持つ顧客基盤や、リレーションシップが強い武器になると考えています。レンダーとスタートアップという関係性ですが、金融機関が持つ顧客のパイプラインなど、関係資本も共有いただき、我々のビジネスの後押しをいただけると嬉しいですね。Funds StartupsについてFunds Startups株式会社(本社:東京都渋谷区、代表取締役:前川寛洋)は「社会的インパクトを創出するスタートアップが、最も理想的な成長を遂げられる仕組みを開発する」をミッションに据え、ファンズ株式会社の100%子会社として2023年12月に設立されました。Funds Startupsでは、Funds Venture Debt FundのGPとして、ファンド運営ならびに金融機関へのベンチャーデットに関する支援を中心に行います。今後については当事業を中核としつつも、スタートアップ専門の投資銀行部門のような役割として、スタートアップの資金調達手段の多様化や環境整備等も手掛けていく予定です。